名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)255号 判決 1975年1月16日
原告
西本キヌエ
右訴訟代理人
伊藤敏男
被告
国
右代表者法務大臣
稲葉修
右指定代理人
伊藤賢一
外二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判。
一、原告
被告は原告に対し金四、〇〇〇、〇〇〇円並びにこれに対する昭和四八年二月一〇日から支払ずみに至る迄年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
二、被告
主文同旨の判決。
第二、当事者双方の事実の主張。
一、原告の請求原因
(一) 別紙目録記載の土地(以下本件土地という)につきなされている「名古屋法務局広路出張所昭和一八年四月一九日受付第参壱壱参号、原因昭和一八年四月一九日売買、取得者名古屋市南区呼続町字丹下六四番地岩本文治」という登記につき、同法務局広路出張所は昭和四三年五月一日受付第一二八七六号をもつて、右登記記載中「岩本文治」を錯誤を原因として「朴景漢」へ登記名義人表示変更登記をした。
(二) 右登記名義人表示変更登記に際し、担当登記官野口高臣は、岩本文治と朴景漢とが同一人物であるという資料として朴景漢の上申書を提出させただけで、住民票、戸籍謄本等の信用性のある公文書を提出させなかつた。
しかし、不動産登記法第四三条第一項によれば、登記名義人表示の変更申請をするにはその証拠書類として、(1)市町村長若くは区長の書面、(2)之を証するに足るべき書面を添付することを要すると規定されている。
従つて、登記官としては変更登記の申請を受理するにあたつては、右法条の要求する証拠書類を添付しているか否かにつき、形式的に審査して受理するか却下するかを決定すべきであるにも拘らず、本件において提出された証拠書類は前記上申書のみであり、これはどうみても市町村長証明書に匹敵する文書とはいえない。
してみると、本件変更登記の受理は明々白々な右法条をあえて無視したものと考えざるをえず、これは登記官の重大な過失というべきである。
(三) ところで、原告は昭和四三年一一月一一日朴景漢から本件土地を金四、五〇〇、〇〇〇円で買受け、名古屋法務局広路出張所昭和四三年一一月一二日受付第三三二八一号をもつて同月一一日売買を原因とする所有権移転登記手続を了し本件土地の完全な所有者になつたつもりでいた。
原告としては、本件土地が不動産仲介業者の店頭で売りに出されていることを知り、本件土地の登記上の名義がまさしく朴景漢であることを確認し、朴景漢からも自分の土地であると聞かされこれを購入したのである。
(四) 原告はこのように誤つて変更された登記を信用して、本件土地を購入する契約をしたのであるが、その後になつて訴外西脇文吉から本件土地の真正な所有者は西脇文吉であるから所有名義を同人に移せとの訴を名古屋簡易裁判所へ提起され、原告は懸命にこれに応訴し、高等裁判所迄争つたが結局敗訴するに至つた。
この原因は一に公権力の行使者である。名古屋法務局広路出張所登記官野口高臣が重大な過失によつて誤つた変更登記申請を受理し、所有名義人岩本文治を朴景漠と変更してしまつたことにある。
(五) これにより、原告は次のような損害をこうむつた。
(1) 本件土地を失つた損害金八、〇〇〇、〇〇〇円
原告は昭和四三年一一月一一日朴景漢から本件土地を同人の所有物件と信じて金四、五〇〇、〇〇〇円で買受け、同日直ちに代金全額を支払つたが前記訴訟で敗訴し、遂にその所有権を取得することができなかつた。従つて、原告は本件土地の価格相当額の損害をうけたというべきところ、本件土地の価格は昭和四五年一二月一日現在金六、一九三、〇〇〇円であつた。その後現在迄土地価格が下落しているいことは公知の事実である。今日では本件土地は定期預金の預金金利相当の価格の上昇があつたものと解すべく、一年間七〜八パーセント程度の上昇は不自然ではない。
従つて、今日においては前記金六、一九三、〇〇〇円の三割以上の価格上昇があつたとみることができるから、原告が本件土地を取得できなかつたことによりこうむつた損害は少なくとも金八、〇〇〇、〇〇〇円に達するというべきである。
(2) 弁護士費用金四〇〇、〇〇〇円
本訴提起に際し、原告は原告代理人との間に、朴景漢又は国から勝訴できた金額の一〇パーセントを弁護士報酬として原告代理人に支払う旨約定した。その額は金四〇〇、〇〇〇円位になる。
以上のように、原告のうけた損害の合計額は金八、四〇〇、〇〇〇円である。
(六) ところで、原告はそのこうむつた損害につき朴景漢からこれ迄に金二、五〇〇、〇〇〇円の弁済をうけた。しかし、これを前記損害額から差引いてもなお金四、〇〇〇、〇〇〇円以上の損害をこうむつていることは明らかである。
(七) よつて、原告は被告に対し金四、〇〇〇、〇〇〇円並びにこれに対する被告への訴状送達の日の翌日である昭和四八年二月一〇日から支払ずみに至る迄民事定法利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告の答弁
(一) 請求原因(一)項の事実は認める。同(二)項の事実中、本件変更登記に際し、担当登記官野口高臣が岩本文治と朴景漢とが同一人物であるという資料として朴景漢の上申書を提出させただけであり、それだけで右の登記申請を受理したことは同登記官の過失であるとの事実は否認する。(三)項の事実中、原告がその主張のような所有権移転登記を経由したことは認めるがその余の事実は不知。(四)項の事実中、原告がその主張のような訴を西脇文吉から提起され、これを争つたが敗訴に終つたことは認めるが、その余の事実は否認する。(五)項の事実は不知。(六)項の事実中原告が朴景漢から金二、五〇〇、〇〇〇円の弁済をうけたことは認める。
(二) 本件変更登記における登記官の所為は適法であり、何ら過失は存しないのであるから原告の主張は失当である。以下その積極的理由を明らかにする。
(1) 本件変更登記には「岩本文治」を「朴景漢」とする氏名更正を証する書面として外国人登録済証明書(右朴の通称名が「岩本文治」である旨の記載がある)、名古屋市南区長の証明書(不在証明書)を、住所の変更を証する書面として右両証明書(現在の正しい住所を証するもの)、上申書(昭和一八年四月一九日から現在迄の登記名義人の住所変更経過及び右変更に関する官公署の証明をえられない旨の疎明)を添付しているのである。
ところで、登記官は、前記各書面を添付した本件変更登記申請を審査し、その受理を決したのであるが、前記各添付書面をもつて不動産登記法第四三条にいう本件表示の変更、更正を証するに足るべき書面であるとした登記官の判断は以下のとおり当を得たものといえる。
(イ) 氏名更正について
一般に、外国人の氏名については外国人登録法による外国人登録原票記載の本名を登記名義人の表示として登記するのであるが、たまたま通称名をもつて登記した場合には右本名と通称名の関係については、その関係の判明する右外国人登録証明書によつて登記実務上当該登記名義人の同一性を判断できるものとして取扱つていることから、本件においても「更正を証する書面」として前記のとおり添付された該登録済証明書の当該記載及びその他の添付書面により登記名義人の同一性が十分証明されていると解されるのである。
(ロ) 住所変更について
本件変更登記前の岩本文治名義の所有権移転登記がなされた昭和一八年当時から現在迄の住所変更の経過を証する市区町村長の証明書を「変更を証する書面」として添付するのが望ましいのであるが、右昭和一八年当時における居住関係を公証する寄留制度(国内居住の朝鮮人等国内に本籍を有しない者もその適用を受ける)は本件変更登記申請時においては既に廃止されており、右寄留関係の証明を求めることは制度上全く不可能であつた(旧住民登録施行法((昭和二七年法律第一〇六号))付則二項、同法施行令付則七項参照)。そこで寄留関係にわたる住所の異動に関する登記実務の取扱いとしては、当該登記申請人に右市区町村長の証明書の提出を求めることは無理を強いることとなるため、その提出を求める代りに当該申請人から右住所移動に関する事実を記載した陳述書を徴し、現在えられる前記各証明書類記載の住所とのつながりをつけるという取扱いをしているのである。従つて、本件変更登記は、右登記実務の取扱いからみてもまさに登記実務の一般的取扱にもとづき、住所の「変更を証するに足るべき書面」を添付したものといえるので、登記官の本件変更登記受理の判断は、登記官に課せられた注意義務を尽した結果によるもので正当であるといえる。
(2) 本件変更登記と登記官の審査権限
わが登記法はその第四九条から明らかなとおり、権利に関する登記における登記官の審査権限についていわゆる形式的審査主義を建前としているところ、本件変更登記についてこれをみるに、当該登記が権利に関する登記に該るものであることについては異論のないところであるから、問題は原告も主張するとおり登記名義人の住所氏名の変更、更正を証する書面についてである。この点につき不動産登記法は原告主張のような規定(第四三条)をおいているが、具体的には何が同条にいう「証スルニ足ルヘキ書面」であるといえるか、特に更正登記については実際上むづかしい問題であり、結局、具体的事案につき当該登記申請時における住民公証制度と登記手続法令、先例、登記実務上の経験則等を勘案したうえでの登記官の裁量に委ねられているといえる。そしてこの登記官の裁量権が形式的審査権の制約をうけるものであることは当然である。
従つて、本件変更登記は先に主張したとおり登記官に付与された審査権限内における注意義務を尽していることは明白であるから、該登記の結果、従前の登記名義人と主体を異にした名義人を登記するに至つたとしても、それは登記官の形式的審査権限の及ばないところであり、登記官に付与された権限においてはも早防止しえないものであるから、その結果生じた損害の責任は被告に認めるべきではなく、もつぱら虚偽の登記を申請した当該申請人の負担すべきものであるから同人に対しその損害の賠償を求めるべきである。
(三) 国家賠償法と登記官の過失の基準
登記官が自ら適法であるとの判断にもとづいてなした行為が客観的には適法であつたとしても、単に違法行為がなされたということ自体によつて直ちに過失があるとすべきではなく、右登記官が適法であるという判断をしたことにつき、関係法令、上級庁の通達、回答等の先例、一般的標準的登記官の経験則に反したかどうかを基準として過失の有無を判断すべきである。
そして、本件変更登記につき、登記官は関係法令・先例・登記実務の経験則に従つた処理をなしたといえるから本件登記官に過失はなく、原告の主張は失当である。
(四) 原告主張の損害について<略>
第三、証拠関係<略>
理由
一本件土地につきなされている「名古屋法務局広路出張所昭和一八年四月一九日受付第参壱壱参号、原因昭和一八年四月一九日売買、取得者名古屋市南区呼続町字丹下六四番地岩本文治」との登記につき、同法務局広路出張所昭和四三年五月一日受付第一二八七六号をもつて、右登記記載中「岩本文治」を錯誤を原因として「朴景漢」へ登記名義人表示変更登記がなされたことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によると次の事実を認めることができる。
訴外朴景漢は、昭和一八年四月当時本件土地につきなされていた前記変更前の登記に不動産取得書の住所として表示された名古屋市南区呼続町字丹下六四番地に居住した事実もなく、またその取得者氏名として表示された岩本文治という氏名を称していたこともないにも拘らず、右登記の住所氏名を自己の現住所並びに名義に変更して記載させることを企図し、外国人の場合その通名を変更し、その旨の官署の証明をえることが比較的容易であることから、あらかじめそれ迄用いていた通名新井敬造を事実上岩本文治と改名したうえ、名古屋市緑区長に申請して同人の外国人登録原票の氏名欄に朴景漢(岩本文治)と記載せしめ、ついで昭和四三年四月三〇日同緑区長から外国人登録原票の氏名等の欄に朴景漢(岩本文治)と登録されている旨の登録済証明書の交付と、名古屋市南区長から岩本文治こと朴景漢が現在名古屋市南区呼続町字丹下六四に居住していないことの証明をうけ、さらに「岩本文治は昭和一六年初めころ名古屋市南区呼続町字丹下六四番地に移住し、昭和二〇年五月初旬戦災により同区笠寺町字西浦八六番地に転居したこと、昭和三五年一〇月末結婚に際し同市北市城東町一丁目一七番地へ転居し、ついで昭和四一年三月一五日同市南区鳥山町一丁目二〇番地へ、ついで同市緑区鳴海町大字大将ケ根九三番地の七四へ、さらに昭和四二年四月二四日には現住所である同市緑区鳴海町字柳長六番地の七へ転居したこと並びに右の事実は区役所の担当係で証明できず証明書の交付を受けられない」旨の虚偽にわたる事項を各記載した岩本文治こと朴景漢名義の上申書を作成したうえ、昭和四三年五月一日からこれらの各書類を添付して、司法書士西尾照雄を代理人に名古屋法務局広路出張所へ前記登記の住所氏名を一括して名古屋市緑区鳴海町字柳長六番地の七、朴景漢と変更する旨の名義人表示変更登記を申請した。
右申請につき同出張所においては、登記官野口高臣がこれを受付け審査をした結果、この申請は適法であるとして前記当事者間に争いがない名義人表示変更登記がなされたものである。以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
二ところで登記官野口高臣が右申請を適法と判断したのは<証拠>によると次の理由によるものであることが認められる。
即ち、申請書に添付された前記証明書二通はいずれも不動産登記法第四三条にいう「表示の変更を証する市町村長若くは区長の書面」に該当し、また申請名義の上申書も同条にいう「又は之を証するに足るべき書面」に該るところ、名古屋市南区長並びに同緑区長の各証明書によれば、朴景漢の現在の通称は岩本文治であること及び朴景漢が現在名古屋市南区呼続町字丹下六四番地には住んでいないことが認められ、さらに申請人名義の上申書には、申請人は昭和一六年初めころより昭和二〇年五月初旬迄右呼続町字丹下六四番地に居住していたこと並びに同所に居住していたこととその後の住所の移転関係については区役所の証明がえられない旨記載がされており、添付書類上はその内容と申請内容が合致し、且つ添付書類自体にも特に不審となるような点もなかつたので登記官の審査権の及ぶ範囲内においては、朴景漢と前記変更前の登記に表示された岩本文治とは同一人物であり、その現住所は名古屋市緑区鳴海町字柳長六番地の七であると判断したからである。
三しかして、原告はこのように結果的にはその実質関係と相違する誤つた表示変更登記がなされたのは登記官野口高臣が受理すべきでない不適法な登記申請を受理した過失によるものであると主張するので次にこの点につき検討する。
先ず不動産登記法第四九条によると、同条に制限的に列挙した事項に該当する場合以外は登記申請を却下できないとしていることからも窺われるように、登記官の登記申請に対する審査権の範囲内容には強い制約があり、権利に関する登記については登記官はいわゆる形式的審査権のみしか有しないとされていることは説明する迄もないことろである。
つまり、登記官は申請が不動産登記法の前記条項に触れない限りはこれを受理して申請に従つた登記をなすべく、且つその審査は書面のみにより申請の当否を判断すべく、その際添付された書面の実質的内容が真実であるか否かについても一応の調査権はあるものの、ただ申請内容につきれそが実質関係と一致するという積極的確信をえなくても、特に疑惑を生ずるようなことのない限りは申請を却下できないと解するのが相当である。
そこで、右のような登記官の審査権に対する制約を前提として本件の場合を考えると、本件登記申請の添付書類のうち、名古屋市南区長作成の証明書と同市緑区長作成の登録済証明書は朴景漢が現在岩本文治との通名を使用していること、同人が現在は名古屋市南区呼続町字丹下六四番地に居住していないことを証明しており、申請人名義の上申書には朴景漢が昭和一六年初めから同二〇年五月初旬迄右住所に住んでいたが現在は同市緑区鳴海町字柳長六番地の七に居住している旨記載されているから、これらをそのまま信用すれば、朴景漢の現通名は岩本文治であり、同人は昭和一八年四月当時前記南区呼続町に居住していたと判断せざるをえず、登記官野口高臣の前記判断と同一の結論に至るところである。
ただ、名古屋市緑区長の登録済証明書からは朴景漢が昭和一八年当時にも岩本文治と称していたこと迄は証明できず、また上申書は申請人本人の作成したものであるから、その信用性は公文書より低いというべく、その内容の真実性を疑えば疑えなくもないことからして、登記官野口高臣において、昭和一八年当時の朴景漢の通名についての資料を要求しなかつたこと、上申書の記載内容をそのまま信用し、これを名義人表示の変更を証する書面として扱つたことにつき、前記登記官の審査権の範囲とも関連して問題が残らないわけではない。
しかしながら、
(1) 昭和一八年当時、本籍地以外に住所をもつものには寄留法が適用され、居住市町村の寄留簿にそのものの住所を記載することになつており、朝鮮に本籍をもつものについても同様の扱いであつたところ、<証拠>によると、名古屋市においては、昭和二七年同法が廃止されたことから、その翌年あたりより寄留簿の廃棄を行い、このため、寄留法時代の住所についての証明はしなくなつたこと、同時にこのように当時の住所についての証明ができないという証明もしない扱いとしたため、名古屋法務局では、これに対処して該当者が名古屋市に居住するもので寄留法時代の住所に変更のあつたときはその沿革を記載した陳述書を登記申請の際の添付書類として提出させるよう、昭和二八年八月二六日付で管内支局長、出張所長宛に通達していることがそれぞれ認められること
(2) 氏名の変更の点であるが、外国人が通名を変更した場合に、これを直接的に証明する公文書はなく、外国人がそのような通名を称しているとの外国人登録済証明書の記載があれば、同人が過去においてもそのような通名を使用していたものと推認することは社会一般の経験則に反するものとはいえないところであること
そして、<証拠>によると、外国人の通名と本名とが同一人の氏名であるかどうかの確認は外国人登録済証明書の記載によつても差支えないこと、さらにはあえて表示の変更登記がなくても、同証明書により同一性の確認ができれば登記簿上同一人として扱つてもよいとの趣旨の回答が法務省民事局長並びに同局第三課長よりなされていることが認められること
(3) 寄留法廃止後の住所の変更については、外国人の場合逐一その届出をしていない限り外国人登録原票には移転した住所が載らず、従つてその証明はできないところ、前記上申書にはこの点の証明書はとりえない旨記載されていること
(4) 本件変更登記の申請人である朴景漢が本件登記申請書に添付した名古屋市緑区長の登録済証明書及び同市南区長の証明書はいずれも不動産登記法第四三条の「表示の変更を証する市町村長若くは区長の書面」に該当するうえ、申請人名義の上申書もその信用度において前記各証明書より劣るとはいえ、同条の「又はこれを証するに足るべき書面」がこれを公文書に限定しているわけではないから、やはりこの証するに足るべき書面に相当するというべく、且つこの上申書の記載自体からはその内容に明白な疑問を生ずるような記載はないこと
(5) 前記名古屋法務局長の通達や法務省民事局長並びに同局第三課長の回答はいずれも不動産登記法の明文の規定に抵触するものではなく、且つ現行不動産登記制度の目的並びに運用のあり方に照し特に不当な内容のものとは認められないこと
以上の事実関係に徴すると、登記官野口高臣は朴景漢の本件申請に対し、不動産登記法第四三条の規定並びに前記通達回答に沿つた事務処理をしたものというべきである。
勿論、本件登記申請をうけた登記官が、申請人本人の審尋をするとか、要するに書面審理上の調査審査を行なえば或いはこの申請の内容が虚偽のものであることを発見できたかもしれないが、前記のとおり登記官の審査権の及ぶ範囲方法固は制約があり、その意味で、望ましいことではないけれども現実の登記簿の記載がときにその実質関係と相違する事実を表示するような結果になることも制度上不可避とされていることも周知のところであることからすれば、登記官野口高臣は結果的には朴景漢の虚偽の登記申請を事前に阻止できなかつたけれども、右登記官の公務遂行自体には何らの落度はなかつたということができる。
四以上判断のとおりであつて、登記官の登記申請受理という準法律行為的行政行為も公権力の行使にあたることはいう迄もなく、さらに登記官野口高臣の本件登記の受理により現実には実体関係と異る虚偽の登記がなされたのであるから、その意味でこの登記申請を受理して申請どおりの登記をしたことにつき違法性は免れないとしても、前示のような理由からこの点につき登記官野口高臣に故意過失はなかつたというべきであるから、結局において原告の本訴請求は理由がない。
よつて、爾余の点を判断する迄もなく原告の請求を失当として棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(黒木美朝 宮本増 前田達郎)
<目録>省略